2009年12月25日金曜日

互楽荘跡


昭和初期の高級アパート、スペインのような中庭と回廊を持ち、
モダンな共同生活スタイルと先進的な設備は当時人々の憧れの的になった。
現在の六本木ヒルズのような億ションのイメージ。
終戦時は米軍に接収され慰安施設に使われた時期があった。

居留地消防隊と消防車

火災があったが日本の破壊消防(火消し)では無理なことから、
居留地消防隊の結成が求められた。
香港上海銀行のサーディン氏などにより日本初の消防車が
輸入され我が国初の消防隊が結成された。

大砲


この地あった倉庫会社から引き継がれたもので
2門の内1門は開港記念館に保存されている。
伝承では「ペリー来航の際に小倉の2藩に護衛を命じ、
松代藩がオランダ製野戦砲2門を持ち出したが、
脅威と映らないように埋められた」とある、倉庫造成の際に出土し
倉庫横歩道に飾られていた。

ホテル発祥の地


1860年(万延元年)オランダ人船長C.J.ヘフナーゲルにより、
日本初の「ヨコハマホテル」が開業した。
山下町70番のレストランかおり入り口に碑がある。

電話交換創始の地


1890年(明治23年)横浜電話交換所で日本初の交換業務が、
4人の交換手により始まる。電話は交換手に相手の電話番号を告げて
パッチボードでつないでもらうものだった。

居留地消防隊の地下貯水槽



1871年(明治4年)から1899年まで外国人居留地は、
独自の消防隊を結成していた。防火水槽が設置され100年ほど使用された。

日本初のバプテスト教会


横浜海岸教会は、1872年(明治5年)に設立された日本で最初のプロテスタント教会、明治8年(1875)鋳造の鐘を今も開港広場に鳴り響かせている