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2009年12月25日金曜日

ブラフ18番館


当初山手町45番地に建てられ、戦後カトリック山手教会の
司祭館として平成3年まで使用されてきた。
同年解体されることになったため、横浜市が部材の寄付を受け、
イタリヤ山庭園内の現在地に移築復元された。
建物は震災の経験を生かし、防火を考慮した仕上げとなっている。

外交官の家


もともとはニューヨーク総領事も勤めた外交官の内田定槌私邸で、
1910年(明治43年)に渋谷の南平台に建てられました。
内田定槌が外交官だったことから「外交官の家」と呼ばれるようになった。 この「外交官の家」を横浜市が内田定槌の孫にあたる宮入氏から
寄贈を受け、ここへ移築復元しました。
移築復元工事は1995年(平成7)から1997年(平成9)まで行われ、
完成と同時に国の重要文化財の指定を受けている。

イタリア山公園


1880年(明治13年)から1886年(明治19年)にかけて
この場所にイタリア領事館があったことから、「イタリア山」と
呼ばれるようになり公園名の由来となった。
「山手イタリア山庭園」は近代的な西洋風庭園に造成されており、
庭園敷地内には「外交官の家」や「ブラフ18番館」などの洋館も
移築されて、山手の新名所となった。 庭園内には喫茶室も
数カ所設けられ、また日曜画家の名所としても知られている。

テニス発祥の地


我が国最初の洋式公園として歴史に名を残す「山手公園」は
1870年(明治3)に完成しました。最初のテニスは横浜の居留地外国人専用の
レクリエーションの場として、この「山手公園」に1878年(明治10)
レデース ローン テニス アンド クロッケークラブ(現在の横浜インターナショナルテニスクラブ)が
5面のテニスコートを建設したことに始まる。
この記念碑は1978年(昭和53)クラブ設立100周年を記念して、
グラウンドで使われていた石の整地用ローラーを削って作られ、
側面から見るとローラーと判別できる。

山手カトリック教会


1961年(文久1)パリ外国宣教会が居留地80番に
日本で初めてのキリスト教会(横浜天主堂)を建てた後、
1906年(明治39)に塔を二つ持つ煉瓦造の聖堂を山手44番に建設し
活動の拠点を移したものが、カトリック山手教会のはじまり。
1923年(大正12)の関東大震災により完全に崩壊し、
1933年(昭和8)に地元関工務店によって高い尖塔アーチの鐘塔を持った
典型的なゴシック様式に再建された。
カトリック山手教会は、日本一美しい聖堂と言われている。

山手公園

1866年(慶応2)に外国公使団との間に
「横浜居留地改造及競馬場墓地等訳書」(慶応訳書)が結ばれ
居留地外国人専用の遊園地が要望されましたが造成には至らなかった。1869年(明治2)明治政府は山手妙光寺付近の土地六千坪を
新たに代替場所として貸与し公園として造成が始まった。
居留地発行の新聞「ジャパン・ヘラルド」の編集者ジョン・ブルークが
インドから日本初のヒマラヤ杉を持ち込んで植えるなど公園の造成は
居留地外国人が行った。 我が国最初の洋式公園として歴史に名を残す「山手公園」は1870年(明治3)に完成し、フラワーショー、野外音楽会、
テニス大会など居留地外国人専用の社交場として使われた。
2003年(平成15)国の「名勝」に指定された。

ユニオン教会


日本で最初の外国語によるプロテスタント集会で、
1863年以来約40年間近く諸宗派間、各国の教会信徒が集まって
様々な場所で礼拝を続けていた。
最初の教会は1910年に山手49番に建てられたが、
1923年の関東大震災により崩壊した。山手66番に移り
コミュニティハウスとして教会信徒の集会や礼拝に使用されていたが、1945年のアメリカの空襲により焼失し、
教会としては最近まで荒廃したままでした。
山手66番にある現在の横浜ユニオン教会は2003年に新しく建てられたもの。

山手聖公会教会


1859年(安政5)に横浜在住の英国人が山下町横浜天主堂にも
近い前田橋付近に設立したギャリソン教会が前身で日本最初の
プロテスタント教会(クライストチャーチ)です。
1864年(文久3)鹿鳴館で有名なジョサイア・コンドルの設計により
煉瓦作りで山手の現在の場所に移転され、
1923年(大正12)関東大震災で倒壊した後、
1931年(昭和6)にJ.H.モーガンの設計で建て直され10~11世紀の
イギリスノルマン風様式がとり入れられている。
太平洋戦争の戦災による教会内部の焼失に会い1947年(昭和22)
修復されました、外壁の大谷石には空襲の傷痕が今でも残っている。
2005年(平成17)の火災の後に一部が建て直された。

ブリキのおもちゃ博物館

古い洋館を改装したおもちゃの博物館で、
1890年代から1960年代にかけて主に日本で製造された
セルロイド製やブリキ製のおもちゃ約3,000点を常設展示している。
テレビの「お宝鑑定団」でおなじみの北原照久さんが
1973年ごろから収集した約16.000点の個人的なコレクションの一部が
展示されている。