
表参道にも残る高級文化住宅、関東大震災後に発足した
財団法人同潤会が東京・横浜に建設した鉄筋コンクリート造の
集合住宅で電気・都市ガス・水道・ダスト・シュート・水洗式便所など
最先端の近代的な設備を誇っていた。
1866年(慶応2)に外国公使団との間に





1859年(安政6年)にJ.Cヘボンが医療・伝道活動を目的として来航した。ヘボンは施療事業と共に日本語の研究を行って日本で最初の和英辞典だった「和英語林集成」を編修し、「美国平文」と言う名前で出版した。これが日本最初の和英辞典であった。日本語を転写することによって採用したのが英語式の転写方法であり、また、辞典が普及すると同時にヘボンによって書かれた文字「ヘボン式ローマ字」も広まっていった。ヘボンは辞典だけではなく旧約聖書や新約聖書の和訳についても活躍を治めた。また、キリスト教主義教育を日本に根付かせることを望み、1863年(文久3年)に横浜にヘボン塾を開設した。その後のヘボン塾は、他のプロテスタント・ミッション各派学校と連携し、1887年(明治20年)に明治学院として統合し、明治学院初代総理に就任した。

